2007年08月23日

日経[号外]23日

それでいいのか?


日銀、利上げ見送りを決定
 日銀は23日開いた金融政策決定会合で、政策金利の引き上げを見送り、現状維持を決めた。誘導対象である無担保コール翌日物金利を年0.5%前後に据え置いた。金融・資本市場が不安定な状態になっており、実体経済への影響を見極める必要があると判断したとみられる。
 正副総裁を含む9人の政策委員のうち、賛成が8、反対が1だった。


世界デフレは三度来る 上
世界デフレは三度来る 上竹森 俊平

講談社 2006-04-21
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おすすめ平均 star
starこれは壮大な歴史物語だ
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BOOKデータベースより
悲願の「一等国」目指す明治〜昭和初期。激しいデフレ、繰り返し襲う金融危機のさなか、日本には世界水準の経済論戦があった。その見事な経済思想を20世紀末に引き継いだのは日本でなくアメリカだった。経済金融史を彩るインテレクチュアルズたちの熱情を物語る。
目次:
第1部 金の十字架(高みを舞う鷲
一八七三年の犯罪
松方正義と金本位制)
第2部 銀行家たち(高橋是清、北京を訪ねる
狂気の時代
高橋・井上コンビ誕生
井上準之助と金融エリート ほか)
MARCデータベースより
悲願の一等国を目指す明治~昭和初期。デフレと金融危機の最中、日本には世界水準の経済論戦があった。だが、その経済思想を引き継いだのは、日本でなく米国だった…。経済金融史を彩るインテレクチュアルズ達の熱情を物語る。
商品の説明
世界デフレは三度来る(上)
19世紀後半から現代までの経済政策の歴史を振り返る。インフレ、デフレの変動に焦点を当て、財政、金融政策でその変動を管理するという思想がどのように深まったのかを考察する。
19世紀末、世界の主要国は金本位制に転換した。その過程で「金の分捕り合戦」が生じ、世界的なデフレに陥る。このデフレは南アフリカで金鉱が見つかり、マネーサプライ(通貨供給量)が増加したことで解消された。著者は、マネーがデフレ不況を解決するカギになった明確な例だと指摘する。
一方、日本は西南戦争の戦費調達のために、不換紙幣の大量増発に追い込まれ、戦争後にはインフレに悩まされた。著者は高インフレ解消のため、緊縮財政で支出を大幅削減することを目指した松方正義と、外国からの借金で財の供給不足を補うことを目指した福沢諭吉、大隈重信らの経済論戦を解説。明治時代のリーダーが先端の経済認識を持っていたことを評価する。
21世紀初頭に「来る」と喧伝された3回目の世界デフレはどうやら回避されそうだ。米政府と連銀が提携して強力な景気刺激策を実行したのがその要因。本書は構造改革か、景気対策かと思い悩み、どちらも中途半端にしか実施しなかった日本との差異はどこにあるのか、分析を試みる。(日経ビジネス 2006/06/05 Copyright©2001 日経BP企画..All rights reserved.)
出版社からのコメント
魔性の怪物「通貨」をめぐる大河ドラマ すさまじいデフレを起してまで金本位制を導入した松方正義の執念とは。名コンビの高橋是清と井上準之助が決別した理由は何か。その剛胆な知性を生き生きと描く。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
竹森 俊平
1956年東京生まれ。81年慶應義塾大学経済学部卒業、86年同大学院経済学研究科修了。同年同大学経済学部助手。同年7月米国ロチェスター大学に留学。89年9月同大学経済学博士号取得。慶應義塾大学経済学部教授。主な著書に『経済論戦は甦る』(2002年東洋経済新報社第4回読売・吉野作造賞)がある(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)



タグ:金利 デフレ
posted by 課長007 at 13:55 | 東京 ☔ | Comment(0) | TrackBack(0) | あれこれ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする はてなブックマーク - 日経[号外]23日
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