2007年10月13日

課長007がなりたかったもの

今日はめずらしく、プライベートネタです。:-p


課長007がなりたかったもの

小学校の卒業文集には『ニュースキャスター』と書きました。(笑)


当時、TBSテレビで平日の朝に放映していた『おはよう700(セブンオーオー)』という番組に、「世界一周キャラバン」みたいなコーナーがあり、MCの二人(五木田武信と見城美枝子)が交互に紀行レポートする姿を見て、「海外行って現地の文化に触れる仕事なんてオイシイなぁー」などと憧れておりました。

おはよう700 - Wikipedia
おはよう700は、1976年9月27日から1980年9月26日までTBSテレビ系列他で放送された情報番組である。
概要
前番組の「おはよう720」と朝のJNNニュースを統合する格好でスタートしたため、内容的には「おはよう720」が取り上げていたネット局からの話題(主にユニークな祭りや行楽スポット情報)にニュースを加えたものだった。そして「キャラバンII」もひきつがれている。
司会は五木田武信と見城美枝子が務めている。



また、同じくTBSで一世を風靡した『ザ・ベストテン』では、久米宏と人気歌手の軽妙なおしゃべりに惹かれつつ、久米さんの早稲田は難しくても「追っかけアナウンサー」の松宮クンの日大なら行けるだろうと踏んで、高校は日大の付属を選んだわけです。^^;

ザ・ベストテン - Wikipedia
ザ・ベストテンは、1978年1月19日から1989年9月28日までTBSで毎週木曜日の21:00〜21:54に放送されていた音楽番組である。

1976年〜1977年にかけて放送された『トップスターショー・歌ある限り』の後番組としてスタート。最高視聴率41.7%を記録し、TBSの看板番組の1つになった。放送期間は主にアイドル全盛の1980年代で、当時の人気アイドル歌手が多く出演(「ザ・ベストテン登場歌手一覧」参照)。また、多くの歌手がこの番組で自分の曲を歌うことは目標の1つでもあった。


松宮一彦 - Wikipedia
松宮 一彦(まつみや かずひこ、1953年12月11日 - 1999年9月27日)は元東京放送(TBS)アナウンサー。 そのテンポの良いトークセンスは、後年の多くのディスクジョッキーに影響を与えた。
略歴
東京都出身。父親は大学教授で身内に日本大学スキー部の功労者がいた。子供の頃にディスクジョッキーコンテストで4位に入るなど、実力の片鱗を見せていた。



その後、波乱万丈とまでは行かなくとも紆余曲折の20数年を経て現在に至るわけですが、

『日経の特集・働くニホン』の取材を受けたり、『NHKの視聴者参加番組』にネットで参加してみたり、

最近やたらとマスコミとの接点が出てきたりして、

「やっぱ、マスコミの仕事もいいなぁ」などと、思い巡らせてしまう秋の日です。


本日深夜24:05から放送です!!

NHKスペシャル 1000人にきく 平成の課長さん


こどもにも分かるニュースを伝えたい ぼくの体験的報道論
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■BOOKデータベースより
政治、経済、国際情勢―。複雑でむずかしいニュースを、分かりやすく面白く伝えるために、“お父さん”はこんな工夫と苦労をしてきた!NHK「週刊こどもニュース」の顔だった池上彰氏が語る「テレビ論」。
■目次:
はじめに―テレビの世界に別れを告げて
第1章 「新聞記者」にあこがれた
第2章 放送局の記者になった
第3章 松江に配属された
第4章 通信部の記者になった
第5章 警視庁担当の記者になった
第6章 災害担当の記者になった
第7章 教育担当の記者になった
第8章 キャスターになってしまった
第9章 「こども向けのニュース」?
第10章 ジャーナリズムについて考えてみよう
■MARCデータベースより
NHK「週刊こどもニュース」のお父さんだった著者が、記者としてニュースキャスターとしての半生を語る。新聞記者へのあこがれ、放送局、通信部、警視庁担当、災害担当、教育担当等、そして「週刊こどもニュース」のことも。
■出版社/著者からの内容紹介
 事件事故の現場を飛び回る社会部記者だった僕は、ある日突然ニュースキャスターへと転身。ようやくその仕事に慣れたのもつかの間、今度は「こどもニュース」の“お父さん”になってしまった!?
 経済、政治、国際情勢──。複雑でむつかしいニュースを、分かりやすく面白く伝えるために、お父さんはこんな工夫と苦労をしてきた!NHK「週刊こどもニュース」の顔として親しまれた池上彰氏が語る「テレビ・ジャーナリズム論」──。
■出版社からのコメント
「ニュースってなんだろう?」
 32年間のNHK記者、キャスター経験を通じてたどり着いて結論は、子どもにも理解できる「やさしさ」だった。
 IT革命による情報の氾濫、「9.11事件」後さらに混迷の度合いを深めている国際情勢、高度化・複雑化し続ける経済・金融問題、「失われた10年」を経て展望が見えないどころか正確な現状分析もままならない日本社会──。こうした状況を背景として日々、様々なメディアが伝えるニュースは、ますます難解なものとなっています。そして、それに拍車をかけるのが溢れる専門用語とカタカナ、横文字です。
 NHK「週刊こどもニュース」の“お父さん”役を11年間勤めた池上彰氏は、子どもにも理解できる「やさしさ」「わかりやすさ」を主眼として、むつかしい言葉をいっさい使わずにニュースとその背景を基礎解説するスタイルで報道することにチャレンジ。数年の試行錯誤を経て、「こどもニュース」という新たな報道のジャンルを築き上げることに成功しました。
 しかし、こうしたニュースは子どもに限らず、難解なニュースの氾濫にうんざりしていた大人たちも待ち望んでいたものだったのです。そのために「週刊こどもニュース」は日本で一番分かりやすい報道番組として、年齢を問わず様々な層から大きな支持を受けるようになりました。
 本書は、そんな池上氏がNHKに入局以来、ジャーナリストとして、どんな道を歩んできたのかを描いた自伝です。時に大組織の一員として人事に翻弄されながら、それをむしろチャンスに変えて、テレビジャーナリズムに真摯に取り組んできた姿は、「報道論」を越えて「仕事論」として、多くのビジネスマンの共感を集めることは間違いないでしょう。
■著者について
池上 彰(いけがみ・あきら)
1950年、長野県生まれ。1973年、NHKに記者として入局。松江、呉を経て東京の報道局社会部。32年間にわたり、記者として、キャスターとして、事件・事故・災害・教育問題・消費者問題などさまざまな分野のニュースを取材。1994年からは11年間、「週刊こどもニュース」のお父さん役として、日本と世界の大きなニュース、むずかしいニュースをこどもにもわかるように伝える仕事に専念。2005年3月、NHKを退職。フリーランスのジャーナリストに。『そうだったのか!現代史』(集英社)、『相手に「伝わる」話し方』(講談社)、『池上彰の情報力』(ダイヤモンド社)など著書多数。
■著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
池上 彰
1950年、長野県生まれ。1973年、NHKに記者として入局。松江、呉を経て東京の報道局社会部。32年間にわたり、記者として、キャスターとして、事件・事故・災害・教育問題・消費者問題などさまざまな分野のニュースを取材。1994年からは11年間、「週刊こどもニュース」のお父さん役として、日本と世界の大きなニュース、むずかしいニュースをこどもにもわかるように伝える仕事に専念。2005年3月、NHKを退職。フリーランスのジャーナリストに(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)



posted by 課長007 at 18:00 | 東京 🌁 | Comment(2) | TrackBack(0) | プライベート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする はてなブックマーク - 課長007がなりたかったもの
この記事へのコメント
みましたよ〜。日本の課長は上司と部下の狭間でそれぞれがんばってらっしゃるようですね。

日大の付属でらしたのですか?!

日大様は弊社のお客様です。毎度ありがとうございます(ペコリ)。

大学の同級生がアナウンサーになりました。お兄さんぽくて私はいつも子供扱いされてました(笑)。今はどうしているのかなぁ。
Posted by miemomo at 2007年10月14日 01:20
miemomoさん
キャスターになったら、御社に取材に行きますね。^^
Posted by 課長007 at 2007年10月14日 13:58
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