2008年10月19日

カノッサ「秋の特別講習」を受講して、R40なバブル世代を自覚した件

先日掲載した『カノッサ秋の特別講習 タイヤ幕藩体制と海外列強の展開 - フジテレビ』は、25:15開始の深夜番組でしたが、何とか受講することができました。

YouTube - カノッサの屈辱 タイヤの歴史1/2 2008.10.16


こんなの見つけました
[フジテレビ系列1990年放送] カノッサの屈辱 全3巻set◆仲谷昇[教授]/西岡徳馬



特別講習の内容について、『mixiの「カノッサの屈辱」コミュニティ』では「ガッカリ」系の感想が多いようですね。

課長007の場合、タイトルに記したように「バブル世代であることを改めて自覚させてもらえたこと」が何より大きな収穫でした。


そのツボは↓ここでした。

自動車の目的は「早く走る」ことから「デートで女性を運ぶ」ことに変わった


として、『マツダ ファミリア』が登場。

マツダ・ファミリア - Wikipedia
5代目(1980-1985年)
第2次オイルショックが勃発した後の1980年6月、5代目にモデルチェンジする。

〜中略〜

若者の心をがっちり捉え、アッと言う間に100万台を生産、マツダ復活を果たしたベストセラーモデルになった。特に赤色の「XG」が若者に大人気で、これに乗っていれば確実にナンパは成功するという神話もあったほど。モテアイテムとして、リアウインドウに張られた東京ディズニーランドと苗場プリンスホテルのステッカー、サーフボードをルーフキャリアにボルト留めしたスタイルが定番化し、「陸(おか)サーファー」なる流行語を産むなど、「赤いファミリア」は社会現象となった。

出た!「陸(おか)サーファー」!!
しかし、Wikipediaに記事リンクなし。orz

YouTube - 1983 MAZDA FAMILIA Ad


CMはアレですが、このクルマ、欲しかったですねぇ

発売時はまだ高校生でしたが、運転免許をとれる18歳の直前ということもあり、また、異性に目がいかざるをえない思春期でもあり、不埒な物欲がふつふつと湧きあがったことを思い出しました。

ということで、これが『いいクルマが好きだ。男ですから。』で久々に「欲しいクルマ」に出会ったことの後編記事になります。


カノッサの屈辱と言えば、『ホイチョイ・プロダクションズ

ホイチョイ・プロダクションズと言えば、『バブル景気

今回の番組には参加していないようですが、全治3年と言われる我が国の『不景気』を吹っ飛ばす意味でも、来年あたりに何か花火を上げてくれませんかね?

ホイチョイ・プロダクションズ - Wikipedia
ホイチョイ・プロダクションズは、バブル景気前後及びそれ以降も数々の流行を生み出したクリエイターグループ。 法人としては株式会社ホイチョイ・プロダクションで代表取締役社長は馬場康夫。



中の人の記事:

カノッサの屈辱・編集後記|田中経一のホームラン鉄道
今思うと、今回の「カノッサ」は、不景気なこの時期ならではの番組だったと思うんですよね。

前にこのブログで書いたんですけど、今回の放送は基本「ミシュラン」の持ち込み企画でした(正確にはASATSUですが)。これは当初、たなか的には正直戸惑う展開でした。

なぜならば、そもそも「カノッサの屈辱」は様々な商品や業界の歴史をダジャレでマイルドにするものの、「ウィット」で批判的に表現していく番組です。

考えてもみてください、「TVタックル」は「自民党」の提供で放送しちゃダメな番組ですよね。それと一緒で、「カノッサの屈辱」を一社に偏って構成することは、ちょっと「不公平」なものになる可能性がある。

ですから、今回の「カノッサの屈辱」は今までとは少し違う特別バージョンという思いを込めて、ストーリーテラーも置かず、タイトルも「カノッサ」にしてみたんです。


次回はぜひ、叱られないように馬場康夫さんとご一緒してください。


関連ネタ:

ねとらぼ:あの「カノッサの屈辱」をWebでも 特別版を公開 - ITmedia News
 カノッサの屈辱は、流行などを東西の歴史になぞらえて解説する内容で、90年代初頭に深夜番組ブームを築いた。2ちゃんねる管理人・西村博之(ひろゆき)氏もブログで「『カノッサの屈辱』を見て、社会の成り立ちを知った」と紹介している。


深夜のテレビ番組でも育った。 : ひろゆき@オープンSNS
子供のころ、
「アインシュタインTV」を見て、世界の仕組みを知って、
「たほいや」を見て、説得力のある言葉の使い方を覚えて、
「カノッサの屈辱」を見て、社会の成り立ちを知って、
「IQエンジン」を見て、物事の解決の仕方を学んだ気がします。



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小谷氏は万博の準備のために視察したディズニーランドに魅せられ、後半生では「ディズニーランドを日本に持ってこられたら…」が口癖だった。実際のディズニーランド招致には、三井・三菱という日本を代表する企業グループが動く。電通から三井不動産の関連会社であるオリエンタルランド常務に出向していた堀氏は、ディズニー首脳陣の心をつかむプレゼンテーションともてなしで、土壇場の逆転でディズニーランドの浦安招致を実現する。
ディズニーランド招致に賭けた2人の思いや、エンターテインメントビジネス草創期の活気が伝わってくる。
(日経ビジネス 2007/03/19 Copyright©2001 日経BP企画..All rights reserved.)

posted by 課長007 at 18:02 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | マーケティング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする はてなブックマーク - カノッサ「秋の特別講習」を受講して、R40なバブル世代を自覚した件
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